アドラー心理学に入門して、わかったこと(子育て編)


アドラー心理学ってどんなんだろ?って気になってましたが、
東京に行ったときは寄ることの多いブッククラブ回さんで
『アドラー心理学入門』っていう本を見つけたので、
読んでみました。
なぜ気になってたかというと、育児の場面でよく耳にすることが多いからです。
だから、育児関係の心理学なのかなと想像していたのに、
本の帯を見て、違うぞ!?となったのです。

「どう、生きたらいいのか・・・」
アドラー心理学なら明確に答えることができる!

わかっとことその⓪
育児のためだけの心理学ではない!

読む前に帯でわかっちゃいました (^^)v

アドラー心理学入門

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色眼鏡作りを育児と教育でサポートする

それでもやっぱり、アドラーの原動力は育児と教育です。
社会主義により世界を変えようとするより、
一人一人の個人が変わることで世界が変わると考えたのでしょう。
いつの時代も子どもは宝だといわれます。

アドラーは育児と教育の目標を次のように設定しました。

  1. 自立する
  2. 社会と調和して暮らせる

これは行動目標です。
適切な行動は適切な信念が育っていないといけません。
その信念が、

  1. 私は能力がある
  2. 人々は私の仲間である

です。
ここでいう信念とは、自己や世界についての意味づけの総体です。
自分という存在と世界というものをどんな色眼鏡で見るのか?
その色眼鏡は、10歳前後で形成されると現代アドラー心理学ではいわれています。

わかったことその①
色眼鏡を作るのは本人だけど、
どんな色眼鏡がいいのか方向性を示すのは育児や教育の役割。

子どもの不適切な行動は「目的」で捉える

家族で食卓を囲んでるところを想像してください。
大人たちはわいわい楽しく会話してます。
そんなとき、子どもがご飯を撒き散らしたとして、
原因をあげると、

  • 落ち着きがないから
  • 食事に飽きたから

我慢できないことが原因??
そしたら我慢できるように強制しよう!
叱ろうか、罰しようかすればいい。
あれ、止めるどころか、エスカレートしました。

目的で捉えると、

  • 大人(親)の注目を得るため

作戦成功です。
みんな注目してくれました。
ここで止めたら、また注目してもらえなくなる。
続けよう!

行動を目的で捉えるとスッキリします。

別の見方をすると、
原因は過去を目的は今を見ています。
落ち着きがない過去があってご飯を撒き散らすという今の結果があるのか、
気を引きたいという目的が今にあるのか。
過去は変えられないけど、今なら変えられます。

わかったことその②
目的に向かって行動している。

罰しても得るものはない

不適切な行動は、子どもにとってきちっと目的を把握した上での行動なのか?
叱ったりするとスネますよね。
目的達成したのにスネるのは、
そもそも目的を認識して行動していないから。
叱られた結果、子どもは居場所をなくします。
自分の居場所があると感じられることは、人が生きる基盤です。

わかったことその③
罰してたり、叱ったりすることで、行動を改善するよう影響を及ぼすことができると信じない。

ほめるのは見下しているから、喜びを共有するのは対等だから

罰しても、叱ってもダメ。
それなら、適切な行動をしたときに褒めればいいのか?

「よくできたね〜、すごいね〜」っていわれたら、
私ならバカにされてるのかと思います。
なぜ、そう思うのか。
ここには上下関係が出来上がるからです。

寝返りがうてるようになっては褒められ、
ハイハイができるようになっては褒められ、
立てるようになっては褒められ、
歩けるようになっては褒められ・・・

あれ、前は歩くだけで褒められたのに、
今は箸が上手に使えないと褒めてもらえない。
もっと、よくなろう!

これが優越性の追求です。
対になるのが劣等感です。
もっと良くなろうとするのは、自分が大人より劣っていると感じるから。
それをバネにして良くなろうとしています。
つまり、自分は優れていなければいけないと思うのは、
根底に自分は劣っているという感情があるからです。
なぜ、そんな感情が生まれるのか?
褒められるからです。

優れていようと思わなくてもいい、
かといって劣っているとも思わなくていい、
普通であることを受け入れればいい。
しかし、普通であることを受け入れられない人は、
特別であろうとします。
そこに苦しみが生まれます。
一生懸命、背伸びして見せて、周りの大人に認めてもらおうとするのです。

普通であることの勇気を持つには、

評価するのではなく、喜びを共有すること、自分の気持ちを伝えることは勇気づけになります。

「ありがとう」と声をかけることです。
ただし、下心があっては勇気づけにはなりません。
「ありがとう」といっておけば、次も適切な行動をしてくれるだろう、うっしっし。
ちゃんと、それも伝わります。
あるのは、”今”の行動に対して喜びが生まれたことであって、
”次”は、まだ起きていません。

わかったことその④
大切なことは、今、その瞬間、どう思っているのか、それを伝えること。

この課題は誰のものでもない、自分のもの

教育目標を思い出してみると、
自立して、社会と調和するためには、
自分には能力があり、人々は仲間だと感じることです。
そのためには、この課題は誰のものなのか考える必要があります。
課題はあくまで子どものもので、それを大人が引き受けてやってしまったら、
自分には能力がないから、大人がやってくれたと感じるでしょう。

課題が共同体に関わることでなく、個人に属するものの場合、
課題に取り組ませ、その結末を体験させることが重要だと考えます。
もちろん、危険があったり、
人は敵だと思ってしまうような結末が待っているなら、
守る必要はありますが。
これが、見守るということです。

わかったことその⑤
信頼して見守ること。放置するのではない。

今回は、育児と教育にしぼってまとめてみました。
今まで私が感じてたこと、疑問に思っていたことを
すっきりまとめてもらえた感じがします。
私自身、子どもが適切な行動をしたときに、褒めることは多々ありますが、
その度に、疑問に思っていました。
今、散々褒めているのに、いつか褒められなくなったら、子どもはどう感じるだろうと。

それを一番感じたのは、あるときから子どもが何かするとき、
「いい?いい?」って聞くようになったからです。
ま、「ダメ!」っていっても、「いいもん!」っていってくるのですが。
子どもが何かするときに親に許可を取ろうとするなんて、
ショックでした。
見守ることができていなかったのでしょう。
これから、少しずつ修正していきたいのですが、
どうしたらいいのか、方法論までは思いつきません。

まずは、信頼して任せてみる。

そこから始めようと思います。

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2016-12-08 | Posted in 子どものこと, No Comments » 

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