今際の際で噴き出す感情


私の祖父は神経質な雰囲気をまといながら、気前が良く、金銭面の援助をしてくれました。

そばに寄りたくても、何か壁のようなものを感じていたことを思い出します。

80歳前で癌の手術をしてから体力と身体の自由が奪われていき、辛そうに日々を過ごしていました。

それから10年以上苦しんで亡くなっていきました。

最期に会ったのは1月2日のことでした。祖父の誕生日です。祖父は『なぜ自分はこんな苦しい思いをしなければいけないのか?』と吐き捨てるように、怨むように言っていました。

戦争の頃の話はあまり聞いたことがありませんでしたが、右目を失って傷痍軍人として戻ってきて、そのおかげで戦死しなかったそうです。

その頃を思い出してか、『一緒に死ねばよかった』と呟いていたのが私が記憶する最期の言葉です。

病院のベットで私の祖母と母に見守られ、意識朦朧とする中、『金、金、金!みんな俺の金を持っていく!』と言って怒っていたそうです。お札を手に握らせると落ち着いて静かになったと聞きました。

今際の際で噴き出す感情は、祖父が抱えてきたものの大きさを物語るようでした。

ここからは私の想像です。 祖父は終戦後、土地を買うなどして作り上げた資産をアイデンティティにしていたのかもしれません。 まるで、戦争で負ったトラウマを覆い隠すために。終戦後はそんな時代だったのかなと想像します。

この話は、私の祖父に限らないのではないでしょうか。同じ時代を懸命に生きてきた人たち全てに当てはまる気がします。  

 

人は死後、山へ戻っていくという考えがあります。私の祖父はどこの山に戻ったのでしょうか。願わくば、何にも縛られず、自由になっていてほしいです。

歳を重ねて心までよりきつく縛られていくのではなく、夜空の星を眺めながら歩くときの自由になった心を忘れずに過ごしていきたいと思いました。  

 

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2016-02-11 | Posted in 命によりそうNo Comments » 

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