心を整える前にすること


とっても澄んだ池がありました。だけど、中を覗こうとは思いもしませんでした。少し離れ、ベンチにでも腰掛けて、綺麗な池だなと思うだけです。
そこに子どもがやってきて、池の水をかきまぜ始めると、みるみるうちに泥水へ変わっていきました。
澄んでいるように思ってたのは、泥が下に溜まっていただけでした。

私の心も、この池のようなものです。少し離れて見ているうちは、綺麗だと思っていても、ほんのちょっとかき混ぜられれば、すぐに黒いものが舞い上がってきます。
池の中を覗こうとしなかったのは、黒いものを見たくなかったからです。無意識に気がついていたのです。
瞑想を始めた頃、坐るのが怖かったです。
黒いものに気がついていたのでしょう。

私は瞑想によって心を整えていると思います。机の上を整えたり、部屋を整えたりするのはなんのためでしょう?
整えて、また、なにか作業をする準備かもしれません。
心を整えることも次の何かを迎える準備なのかもしれません。
問答無用でぶつかってくる子どもにかき乱される心に気がついて、私に戻るための。
満員電車の不快感にかき乱される心に気がついて、私に戻るための。

でもその前に、身の周りを整えることから。丁寧に暮らすことで、生活が整い、心が整う。

久高島

整えられた空間では、少し乱れただけでもすぐに気がつきます。同じことが心でもいえると思います。黒いものが湧き上がってきても、すぐに気がつきます。

アシュタンガ・ヨーガの梯子のように、仏道の八正道のように、自分を整えていく。梯子を飛ばして登るのは難しいですよね。次の道まで飛び越えていくのは難しいですよね。
地道です。
瞑想で、何かになることはありません。

日々の生活を丁寧に丁寧に生きて、整えていくことから始まると思います。

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2016-11-06 | Posted in 子どものこと, 癒しNo Comments » 

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