沖縄のタクシーで聞いた戦争のこと


今年も久高島に家族で旅行することにした。那覇空港からタクシーに乗り込んで港まで送ってもらう。いつも、沖縄のタクシーの運転手さんは個性的で博識で面白い。

今回も色々勉強になった。

戦時中、沖縄の人を駆り出すのに、白米を食べさせてやるから警察か軍隊に入らないかと勧誘したそうだ。

地元の人は聞いた。

警察に入って何をするの?

犯罪者を捕まえる。

沖縄人は犯罪を犯さないから捕まえる人がいないと断った。

軍隊に入って何をするの?

人を殺す。

人を殺してまで白米を食べたいとは思わないから、嫌だと断った。

赤紙で召集されると…

それが嫌で海外に逃げたり、右手の人差し指を切り落としたり、醤油を飲んで身体検査をやり過ごしたりとした。

醤油を飲むといっても、一か八かの賭けで、死ぬこともあった。

人を殺すよりましだと考えて、賭けたのだとか。

戦争だけは起こしちゃいけない。

政府は戦争のできる国にしようとしてるけど、沖縄はついていかない。

今の生活以上に何を望むのか。

冬になったら、去年着た服をまた着ればいい。

去年より太ってなければ (笑)

自給自足できるから、大丈夫。

一番困るのは都会に住んでる人さー。

私の祖父が傷痍軍人で生き残れたことを話すと、

それは良かった。

他の人は死んでもいいさー。自分が生き残ればいいさー。

そこまで言い切られると、アッパレと思う。

こんな沖縄人を日本は戦争に巻き込んで、基地という借金を背負わせて、犠牲にして、日本は戦争のない平和な国だと言ってるんだなと、恥ずかしくなった。

その土地の文化(人の思考も)は、その土地の環境に大きく影響を受ける。そこの環境で生きていくなかで、文化が創られていく。

沖縄の自然によって、沖縄には平和な文化が築かれたのだろう。

科学技術の力で、より快適な環境、不自然な環境に変えた文化には、自然から切り離された思考が生まれるのではないか?

戦争を始めるのは、直接向かい合う人たちではない。将棋のように駒を動かして、数字を眺めて、勝った負けたといってる人たちだ。

自然から切り離された人たちだ。

今の日本のように、自然から切り離された文化には限界がきていると思う。

その証拠に、自然を求めて山に入る人、海に入る人が増えている。

昔より手軽だからという理由だけではないと思う。

もう、限界なのではないか。

今、日本の強味がシフトする時期にきているように感じる。

競争主義の文化(とは呼べないが)から、自然と調和した文化へと。

向上していくことが、そんなに重要なのか?

久高島に渡って、青空を見ていると、人生には楽園が必要なんだと痛切に感じた。

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2016-10-01 | Posted in 旅行No Comments » 

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