私は全て、全ては私


前回の記事で、心の居場所を基地にして、私が何に繋がっているのか探す冒険に出ると書いた。

なぜ、繋がりが必要なのだろうか?

子供にとって親は世界の全てのような時期があり、少しずつ他の存在が足されていく。親との繋がりが全てだった時は分かりやすくていい。でも、だんだん他の存在が足されていくと、薄まっていく。そして、個としての私を意識しだすと、何かのきっかけで揺れ動く。

僕にとっての一番の衝撃は、親族の死だった。

死の系譜からは逃れられない。それが、不安の源泉なのだと思う。

『死んだらどうなるの?』

自分が何に繋がっているのか分かったとき、不安から解放される。

『繋がり』は『アイデンティティ』とも読み替えられるだろう。『私が私であること』。

ご先祖様の繋がりの中で生かされている私。

全ての中に存在する私。

『空』である私。

私は全てであり、全ての中に私がいる。

『私 対 他』の二元論的な世界に見えて、一元論なのだという気づき。

ここまでくると、明確な言葉で言い表す術を持っていません。

自己の内面と向き合うことで見えてきます。

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2016-07-17 | Posted in 子どものこと, 癒しNo Comments » 

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