絶対安心の砦を築く


瞑想をしているとき、こんなメッセージを受け取りました。

『絶対安心の砦を築いてほしい』

自分が心から安心できる拠り所を作ればいいのかと考えていたところ、
「脳と瞑想」という本を読んで間違ってたことがわかりました。

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脳と瞑想

脳神経外科医の篠浦さんとタイの仏僧プラユキさんとの対談本。
覚醒下手術という脳が覚醒した状態で脳の手術を行っている篠浦さんが、脳の機能面から瞑想について語り、プラユキさんが仏教の面から瞑想について語りあっています。

脳の機能面では、動物脳と人間脳があり、自我はその中間に位置していることが手術の経験でわかっていることが説明されています。また、情欲や怒りなども脳の機能を中心に説明されており、脳を軸に瞑想について知りたい人には面白い内容です。

一方、自我の中心が脳のどこにあるのかはわかっても、その自我を誰が観察しているのかという視点で見た場合、まだ、不十分な説明に感じます。

ぼくは、仏教が心の科学であると言われるなら、科学の視点で検証しても耐えられるはずだから、どんどん科学の目で見ていったらいいと考えています。
それは、瞑想もしかりで、脳内物質の分泌によって多幸感に包まれることなどとも向かい合って議論するべきです。その上で、どうしても説明できない部分は仏教の立場から仮説を立て、議論する態度が必要です。はなから、脳の機能を無視して、瞑想は瞑想なんだ!とするのは現代において盲目的すぎます。

とは言うものの、やなり機能まで分解して細部を見ていっても全体は理解できないのも事実。
脳の機能がわかったからといって、子育ての王道が見つかるとも思えないし、臨床心理の現場で見られることを全て説明できるとも思えないのです。

つまるところ、相互依存なんだなと深く感じます。バタフライ効果でいわれるように、ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすか?みたく、複雑系なんです。

 

苦しみを生み出すのは誰?

仏教の教えに四聖諦というのがあります。

  • 苦諦・・・一切は苦である
  • 集諦・・・苦には原因がある
  • 滅諦・・・苦は滅する
  • 道諦・・・苦を滅する道がある

まず、出発点がこの世の中全ては苦であるといってて、その通りに受け取っていました。
本書のなかでこの部分に触れている箇所があり、苦はあるんだけど、それを苦であるとラベリングするのは自分だということ。つまり、苦にしているのは私自身なんだと。
確かに、同じ状況でも苦だと感じる人もいればそうでない人もいるわけです。

ぼくの先輩にもいました。
どんな状況でも、なぜか笑ってる。
いつも、笑いに変えている人です。
この人には悩みはないのかと思わされますが、しっかりと悩みもあるし、考えている。
だけど、最後には笑ってしまう。
先輩は運が良くって、笑う門には福来たるを体現している人です。

苦があるのは仕方ないこと。だけど、それをそのまま自分が引き受ける必要はないんです。
今、苦しいなら、それは自分が苦しみたいから。

 

自らを拠り所にする

自灯明法灯明っていう言葉はあまりにも有名です。
御釈迦さまが入滅するときに残した言葉です。
弟子が御釈迦さま亡き後、何を頼りにすればいいのか心配だったときに伝えられたとのこと。
『自らを拠り所とし、法を拠り所としなさい』

この、自らを拠り所にするがイマイチ理解していなかったと本書でわかりました。

自らを拠り所とするっていうのは、自分自身を信頼しきる。
自己信頼を基盤におくということです。
これは、ぼくが受け取ったメッセージの意味なんだろうと感じます。

『絶対安心の砦を築いてほしい』

砦を築くっていわれると、なんだか塀で囲ってそこに逃げ込めばOKなところっていうイメージです。
だけど、そうじゃなくて、『どんなこともOK』どんなことでも受止められる
それが絶対安心の砦でした。
つまり、絶対の自己信頼を拠り所としてほしいっていうこと。
こういうと誤解があるかもしれませんが、もちろん法も拠り所にするわけだから、自己中心的になればいいという話ではありません。

瞑想をしていると不思議なもので、ときたまメッセージを受け取ります。
誰からのメッセージなのかわかりませんが、それこそ瞑想している主体は誰なんだ?っていう話になりそうです。
だけど、そんなことはどうでもいいんです。
『どんなこともOK』と受け止めていくだけです。

 

まとめ

脳の機能からみた瞑想は興味深いテーマですが、あまりとらわれ過ぎないようにしたいですね。
そういうのは学者さんに任せておいて、ぼくは自分の問題を解決するために瞑想するのが優先です。
ただ、どんなところにヒントが転がっているのかわからないってことがわかりました。
変なフィルターにかけないで、学びとできるかは、『どんなこともOK』っていう態度から生まれるのでしょう。

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2016-12-31 | Posted in , 癒しNo Comments » 

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